社員が業務を遂行中に会社に損害を与えることがあります。社用車を運転中に擦って傷をつけてしまった。食器を洗っているときに、滑らせて割ってしまった。労働基準法第16条では、「損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と賠償予定を禁止しています。筆者は就業規則に明示できるものはすべて明示することを推奨していますが、損害賠償額を明示することはできません。とはいっても、労働基準法は損害賠償の請求を禁止している訳ではありません。
それでは、社用車を傷をつけてしまったら修理代の全額を、食器を割ってしまったら買い替え代金の全額を請求できるのでしょうか。請求することは自由かもしれませんが、何か変です。会社は車を事業に使っているのです。会社は食器を使って商売をしているのです。つまり、これらを使って利益を上げているのです。利益は会社が取るけれど、壊したら社員が弁償しなさいでは公平性に欠けるといわざるをえません。こんなことをして社員が満足し、会社が発展できるとは到底思えません。
会社が損害賠償を請求できることを就業規則に入れること自体はおかしくありません。ただし、請求できるのは、「故意のとき」と、「重大な過失のとき」に限定すべきです。故意で会社に損害を与えたときには、懲戒処分と同時に損害賠償を請求してかまいません。では「重大な過失のとき」とはどのようなときでしょうか。口酸っぱく「食器は丁寧に洗うように」と注意していたのに、滑らして割ってしまったときでしょうか。そうではありません。「重大な過失のとき」とは予見可能なのに、それを無視して損害を発生させたときだけです。たとえば、自動車運転前に酒を飲んで事故を起こした、火気持ち込み禁止を知りながら喫煙して火事を起こしたときが、「重大な過失のとき」にあたります。
損害に繋がる事故を徹底的に防止することによって、損害を減らすことが王道です。損害賠償を社員に請求して損害を減らそうなんて、まさに邪道と言わざるを得ません。通常の過失を損害賠償の請求対象から外すのは邪道を排するためなのです。