2023年12月(第175号)
今月の事務所通信は、固定残業代制のデメリットに焦点を当てて整理してみました。一部のコンサルタントや税理士は今でも固定残業代制の導入を勧めているようです。確かに以前は残業代の計算を算盤や電卓で行っていました。間違いがあってはならない作業ですので、多少経費は掛かっても定額で支払い、あとは残業時間が固定残業代のカバーする時間を超えなければ計算が不要となる固定残業代制は魅力だった気がします。しかし、コンピュータを用いて計算するときには、大したメリットではありません。また求人票に記載する賃金を高く見せる効果もありました。これも現在では固定残業代とその他の基本給・手当を分けて示すことになっており、メリットの価値が減りました。そう考えるとデメリットに見合うメリットがなくなっている気がいたします。
名称はともかく固定残業代制を採用している会社は多くあります。今回は、固定残業代制のデメリットに焦点を当てて整理してみます。
固定残業代制とは
固定残業代とは時間外労働の長短に関わらず一定時間分の残業代を定額で支払う制度です。起源は諸説あり、営業職に支給し始めたとの説が一つです。労働基準法第38条の2に事業外労働の規定があり、労働時間の算定が困難なときに、①原則は所定労働時間、②通常の業務が所定労働時間を超えるときは必要な時間、を労働したと「みなす」規定です。営業職は客の都合により所定労働時間内に収まらないことが多く、月に一定時間分を定額で支払ったというものです。後に何故か内勤者にも適用されるようになりました。
固定残業代は「みなし残業代」と言われることもあります。これと「みなし労働時間制」が混同され、みなし残業代の支払いで残業時間がいくら長くても、それ以上の支払いは不要と誤解に繋がったようです。
悪いイメージ
残業代が適正に支払われなかったり、長時間労働を強いられたりするイメージから、固定残業代制=ブラック企業とされることがあります。固定残業代制の採用会社が当然に即ブラックでありません。そのようなイメージが付くのは不幸です。
時間管理の杜撰化
労働時間管理は会社に課せられた責務です。固定残業代制では時間管理が杜撰になりがちです。その結果、最悪のケースで残業代不足が発生します。また、労働時間の短縮に関心が薄いので業務の効率化が図られないことに繋がります。
無効のリスク
裁判所が固定残業代を無効として、改めて残業代の支払いを命ずる判例があります。未だ確立してはいないようですが、①雇用契約による合意、②通常の賃金と固定残業代の判別、③定額残業代がカバーする時間を超える残業時間に対する差額の支払い、④定額残業代がカバーする時間が長すぎない、に反すると無効とされるようです。
無効となると、固定残業代は残業代計算に算入すべき手当に組み入れられ、残業単価がその分増加します。
中途入退者の取り扱い・
例えば月に10日だけ勤務して退職したときの固定残業代の支給額が問題になります。月の全額を支払えば労働基準法の問題は発生しません。しかし日割り計算では、当該10日間に残業が多いと残業代不足になります。中途入退時の計算方法を綿密に決めておく必要があります。
制度廃止の困難さ
固定残業代のカバーする時間と実残業時間が近いときは、総支給額が低下しないように基本給またはその他の手当を多少増額するだけで制度を廃止できます。しかし両者の乖離が大きいときは、不利益変更を回避するために基本給またはその他の手当のかなりの増額を強いられます。
まとめ
固定残業代制は残業代計算が簡単になるメリットはあります。とは言え手計算ではともかくコンピューター計算では大きなメリットではありません。筆者にはデメリットに見合うメリットがあるとは到底思えません。よって新たに固定残業代制を導入する意義はないと考えています。