4月号 自由な意思による同意

2024年 4月(第179号)

今月の事務所通信は、「自由な意思による同意」ど題して、社員の同意が認められないケースを紹介しています。まだ裁判でも判断の分かれる問題です。使用者としては「社員の同意=署名捺印さえあれば、すべて解決」との考えは改めなければならないようです。

会社は一方的に雇用条件を低下させることはできません。しかし労使の双方が合意すれば契約内容を変更することができます。今回は形式的な合意が無効となった裁判例を紹介します。

雇用契約の原則

労働契約法では第3条で、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。」と合意に基づく契約内容決定の原則を掲げています。労働基準法や男女雇用均等法等の枠内であれば、労使双方の合意により、契約締結や内容変更は可能であるとしています。これは民法の契約自由の原則を一部制限付きで踏襲しているといえます。

しかしながら会社と社員との力関係の違いから形式的に合意が成立している案件でも、裁判所が成立していないと判断する例があります。このときの判定基準は社員の同意に「自由な意思に基づいてされたと認められる合理的な理由が客観的に存在」するか否かです。

山梨県民信用組合事件

合併により消滅する信用組合に勤務していた職員が退職金の支給基準の変更に同意する書面に署名押印した事例です。裁判所は職員の署名押印の行為の有無だけでなく、変更によりもたらされる不利益の内容や当該行為に至った経緯、会社からの説明内容等を考慮して、職員の署名押印が「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」するか否かの観点から判断されるとしました。署名押印には、信用組合の経営破綻を回避するためとする合理的な理由がある一方で、退職金の総額が従来の半分以下になり、更に自己都合退職のときには厚生年金制度の基づく加算年金の現価相当額を控除するとの内容があり、そのときには退職金額がゼロ円となる可能性が高かったことから、裁判所は職員に対して十分な説明や情報提供がなされていなかったと判断し、職員の同意事実を否定しました。(最高裁H28.2.19)

グローバル・グラン社事件

美容店に勤務する社員Aが、会社の提示した給与の減額変更に異議を唱えた。その後になって会社は社員Aに対し、①上司の指揮命令に従わなかった、②会社のルールに反する行動をとった、③会社に不利益な発言で他の社員を退職に導いた、④処分を再三にわたって受けても改善の見込みがない、として解雇理由証明書、解雇予告通知書とともに退職合意書を交付し署名を求めた。社員Aは署名しなかったが、少し揉めて他の社員と体が接触した。会社は、この接触を暴行と捉えた。

翌日、会社の依頼した弁護士が同席して再度の話し合いがもたれた。会社と弁護士は前日の暴行場面の防犯カメラ映像があるとして、懲戒解雇、刑事事件化や損害賠償を示唆し、退職合意書への署名を求めた。社員Aは、このままでは懲戒解雇されると不安になり、在職希望を止めて退職合意書に署名した。

裁判所は、暴行のビデオ映像が存在しなかったことから、「社員Aは暴行の場面が記録されていると認識しなければ」退職合意書に署名しなかったと判断し、退職合意の成立は認められないと判示しました。(東京地裁R3.10.14)

まとめ

合意書や同意書に社員の署名捺印があれば全て解決とは言えません。騙しや脅しで同意させることは論外ですが、「合理的な理由が客観的に存在」しない同意は無効となる恐れがあります。

社会保険労務士丸山事務所は、「会社の発展とそこで働く社員の幸福の実現」を全力で応援します。

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