2025年 6月(第193号)
今月の事務所通信では、「採用内定取消し事例」を取り上げました。このテーマは以前にも取り上げていますが、比較的新しい裁判例がありましたので紹介することにしました。
内定取消しも解雇と同様に裁判所は「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合」にのみ有効としています。紹介しました2例は裁判所が採用内定取消しの正当な理由となると判示したものです。内定取消しや解雇を勧めるものではありませんが、経営上どうしてもしなくてはならないときもあり得ます。そのときは、まとめにも書きましたように取消し事由を明確にして、内定者に誠意を込めて説明することが重要です。
会社にとって優秀な人材の確保は喫緊の課題です。しかし、採用内定を通知した後に、やむを得ない事情により取り消さざるを得ないケースも発生します。今回は、採用内定取消しが容認された2つの裁判例を紹介します。
採用内定取消しの法的性質と許容性
採用内定は、一般的に「解約権留保付労働契約」と解されています。これは労働契約が成立しているものの、内定取消事由が発生した場合には契約を解除できる権利を会社が留保していることを指します。内定の取消しは、解雇と同様に客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合にのみ有効とされています。
採用内定取消しが有効される類型
内定取消しが容認されるケースには、次の類型があります。
(1) 重大な経歴詐称
(2) 未必要資格の未取得、学校卒業不可
(3) 健康上の重大な問題
(4) 犯罪や重大な非行行為
(5) 必須研修への不参加
(6) 会社の経営難や事業縮小
いずれも内定決定時以降に発生または認識できた事実や事態によるやむを得ないときに限って内定取消しが有効とされています。
経歴詐称の事例
コンサルティング会社の事例です。会社が内定者のバックグラウンドチェックを行ったところ、履歴書に記載の前会社名と実際が異なっていることが判明しました。また、提出された源泉徴収票も偽造されたものでした。内定者が経歴を偽った理由は、前会社との間で雇止を巡って紛争状態にあり、この事実を隠ぺいするためでした。
裁判所は、履歴書や源泉徴収票の真実と異なる記載により会社は正確な事実を把握できなかったとし、虚偽の申告は信頼関係を破壊する行為であり、採用内定取消しの正当な理由となり得ると判示しました。(東京地裁 R6.7.18判決)
社内ルール無視の事例
金属販売会社の事例です。内定者は職場見学の後に、歓迎会の趣旨で行われた飲食を伴う会食に参加しました。この席で、「会社の方針が自分の考えと異なる場合、自分のやり方を通す。会社のルールを無視しても貫き通す」とコンプライアンスを遵守しない姿勢を見せました。
裁判所は、社内ルールやコンプライアンスを遵守する姿勢は社員として当然必要な資質であり、会社はそのことを採用内定時には知り得なかったと認定し、採用内定取消しを正当な理由となり得ると判示しました。(東京地裁 R4.9.21判決)
まとめ
内定取消しは、内定者にとって大きな不利益を与えるため、慎重な対応が求められます。内定取消しを行うときには、客観的で合理的な取消し事由を明確にし、それを裏付ける証拠を確実に収集しておく必要があります。また、内定者に対しては取消しの理由を丁寧に説明し、誠実に協議を行うことが重要です。
内定取消しが不当と判断された場合に、会社は損害賠償責任を負う可能性があります。