2016年6月(第85号)
社員が同業他社に転職もしくは開業して、自社のノウハウや顧客リストを使って業務をすることに抵抗を覚える経営者は多いはずです。そこで、退職時に、競業避止の誓約書を提出させたりします。今回は、このような誓約書の有効性についてまとめてみます。
競業避止義務とは
競業避止義務とは、「競合する業務を行わない義務」と言えます。在職中に、この義務を課すことは、雇用契約の付随義務として、あるいは信義則上の義務として合理的ですところが、退職後となると、簡単ではありません。
合理的な目的
競業避止義務を課して退職後の就業に制限を掛けることは、その者の就業の機会を狭め、収入を減らすことに繋がります。退職後にこの義務を課すためには、それなりの合理的な目的が求められます。①営業秘密の侵害防止、②独自ノウハウの流出防止、③顧客情報の不正使用防止等が合理的理由として挙げられます。
競業避止義務の有効性
競業避止義務と憲法が保障する職業選択の自由とは、相反する関係にありますので、競業避止義務がいつでも有効となるとは限りません。以下、有効となった事案を、最近の裁判例を通じて見てみましょう。
(1)転職先で、競業業務を始めたケース
社長に次ぐ給与を支給されていた執行役員が、代表取締役として転籍した会社で始めた「医薬品の周知・販促に向けた媒体を利用した宣伝広告活動の企画・実行」業務の停止を求められたもの。退職時に、提出した誓約書の有効性が争われた。
裁判において、①本件競業避止の合意は,債務者の心裡留保ないし錯誤に基づくものではない、②特別な代償措置こそないものの,相当の厚遇を受けていた、③制限の期間は2年間と比較的短期間である、④現に損害が発生もしくは発生の恐れがある、として有効性が認められた。(平成16(ヨ)1832東京地方裁判所)
(2)同種の教室を開業したケース
週に1日、ボイストレーニングの講師をしていたアルバイトが、退職後にボイストレーニング教室を開設し、Webでの広告、勧誘等の営業活動の停止を求められたもの。退職時に提出した競業避止の誓約書の有効性が争われた。
裁判において、①誓約書の提出は心理的強制によるものとは言えない、②独自ノウハウを守る目的があった、③3年間の制限期間は長過ぎるとは言えない、として有効性が認められた。(平成22(ワ)10138 東京地方裁判所)
競業避止義務を有効とするために
裁判所は、次の様な事項を考慮して有効性を判断しているようです。①誓約書の任意性、②合理的な目的、③制限に匹敵する代替措置、④営業秘密や独自のノウハウ等の存在、⑤期間の妥当性、⑥地域の妥当性。
競業避止を求めるときは、本当に守るべきものを特定し、必要な社員に限定すべきでしょう。形式的に退職者全員に誓約書を提出させる行為は、職場環境を悪化させるだけに終わるでしょう。