8月号 固定残業手当の落とし穴

2020年8月(第135号)

固定残業手当は残業手当の計算が簡単になる、あるいは人件費が安定するとの理由でだけ導入する会社があります。今回は制度に潜む落とし穴を取り上げます。

固定残業手当とは

定額残業手当やみなし残業手当とも言われます。毎月の給料に残業時間の長短に係らず定めた時間分(固定残業時間)の残業手当を上乗せして支払う仕組みです。もし、固定残業時間を超えて残業が行われたときは、当然に超えた時間分の残業手当を支払うことになります。
固定残業手当を巡っては、その有効性が裁判で争われた事例が多々あります。これらの裁判を通して確立しつつある固定残業手当の有効性の要件は区分性と対価性です。

区分性とは通常の賃金と残業に対する手当とが明確に区分されていること、対価性とは固定残業手当が残業の対価であると認められることです。

落とし穴その1(対象時間)

月80時間分の固定残業手当を支払っていた事例で、月80時間との長時間の固定残業時間は健康を損なう危険があるため公序良俗に違反するとして無効と判断されました(イクヌーザ事件控訴審:東京高等裁判所H30.10.4)。

落とし穴その2(実残業時間との乖離)

最高裁判所は、平成30年7月19日の判決で業務手当の名目で支払われていた固定残業手当を有効と判断しました。(日本ケミカル事件)。

  1.  雇用契約書および賃金規程に業務手当が残業の対価であることが明示されている
  2.  業務手当は約28時間分の残業手当に相当し実残業時間と大きな乖離がない

の2点の理由を挙げています。

本件では固定残業時間と実残業時間の乖離が小さいために有効となりました。反対に大きく乖離しているときは無効となる危険性を示唆した判決といえます。

落とし穴その3(廃止が困難)

固定残業手当の導入は簡単ですが廃止することは容易ではありません。実残業時間が固定残業時間に達していない社員は、廃止に伴い支給額が減少するからです。一方的な固定残業手当の廃止は不利益変更となる危険があります。

廃止するためには、①個々の社員の支給額が減少しないように基本給やその他の手当の増額、②未だ適用していない新入社員から固定残業手当のない給与体系の適用等の方法が考えられますが、一朝一夕にはできません。

まとめ

固定残業手当の廃止は困難ですから安易な導入は避けるべきで、事前の制度設計を慎重にする必要があります。例えば、

  1.  適用範囲
  2.  部署・業務ごとの固定残業時間の設定方法
  3.  退職、欠勤や休業時の控除方法
  4.  事業環境の変化で当初よりも残業時間が大幅に減少したときの手当額の変更方法

は最低でも設計しておくことです。

落とし穴が潜む制度をそこまでして導入する意義を残念ながら筆者は見出すことができません。

社会保険労務士丸山事務所は、「会社の発展とそこで働く社員の幸福の実現」を全力で応援します。

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