2021年 4月(第143号)
労務負債は一般に認められた用語ではありません。不適切な労務管理により発生する潜在的な負債です。通常の負債は貸借対照表の右側に記載されますが、労務負債は記載されません。そのため存在に気付くことに遅れ、顕在化したときは経営に大きな影響を与えることも珍しくありません。
今回は、労務負債の例を紹介します。
給与・残業手当未払い
無給で働かす、労働時間を把握せずに残業手当を支払わないは論外として、知識不足で次のようなときに残業手当未払いになることがあります。
- 1日8時間、週40時間超の労働時間
- 名ばかり管理監督者、取締役
- 定額残業手当の時間超の労働時間
- 残業手当単価計算に基本給だけの算入
給与未払いは、裁判所により不足額と同額の付加金の支払いを命じられることがあります。また時効は2020年4月1日からは労働基準法の改正で2年間が3年間に延長されています。
労災保険不加入
1人でも社員を雇用していれば労災保険は加入しなければならない強制保険です。もし未加入の状態で事故や業務上の病気が発生すると、社員には保険金が支払われますが会社は支払われた額の全額または40%を徴収されます。死亡事故や重い後遺症があると支払い切れない額となり、倒産することもあります。
社会保険の不正
健康保険、厚生年金保険は要件を満たした社員は強制加入の制度です。アルバイトやパートタイマーだからと加入させなかったり、給与額を偽って申告したり、賞与支払届を提出しなかったりの不正が発覚すると長期間に遡って差額を請求されることがあります。社会保険料は額が大きいだけに場合によっては大きな負担になります。
労務トラブル
給与切り下げ、解雇・雇止め、いじめ・嫌がらせ、その他で労務トラブルが発生すると解決のために多大の労力と時間・金を費やすことになります。トラブルの伴う社員の士気や業務能率の低下も事業に大きな影響を与えます。裁判により多額の賠償金の支払いを命じられることもあります。
休業者・体調不良者
今までとは毛色の違う労務債務です。休業者や体調不良者の存在は、会社にマイナスに作用します。特に出勤していても心身の状況が完全でない社員は、本来の能力が発揮できないために生産性を落とします。アメリカの調査ですが、生産性の低下のために会社が被る損失は医療費等よりも突出して多いことが示されています。
まとめ
ここに示した例示以外にも、ベテラン社員の突然の退職による業務の停滞や、社員による秘密情報の漏洩等の労務債務となりうることは多々あります。全ての労務債務をゼロにすることはできませんが、給与・残長手当未払いや労災保険不正はゼロにできます。労務トラブルは社員との意思疎通を図ることや就業規則の整備・周知を通じて減らすことが可能です。休業者・体調不良者をゼロにすることは難しくても、健康経営に取り組むことで発生を減らしたり、発生しても期間を短く症状を軽くしたりすることはできます。
発見しづらい労務債務を極力探して、これを減らしていくことが経営に求められます。