2025年 9月(第196号)
今月の事務所通信では、8月に行田市で発生した硫化水素中毒事故を取り上げました。下水道マンホール内での作業中に発生した痛ましい事故を通じて、事業者・発注者双方に求められる安全配慮義務や法令遵守の重要性について整理いたしました。特に、リスクアセスメントの徹底や保護具の着用、作業指揮体制の確立など、日常業務における安全管理の再点検が求められます。
2025年8月2日、行田市内の下水道マンホール内で、下水道調査会社の作業員4人が硫化水素中毒により死亡する事故が発生しました。今回は事故の概要と事業者の責任を考えてみます。
事故の概要
この事故は、八潮市の陥没事故を受けての緊急点検作業中に起きました。最初にマンホール内に転落した作業員を助けようとした同僚らが次々と転落し全員が死亡するという連鎖的な事故となりました。事故時、ガス検知器が警報を発していましたが、十分な安全対策が取られませんでした。
硫化水素とは
温泉で良く嗅ぐ腐卵臭のガスです。不快臭ですが、強い刺激がないだけに我慢ができる臭いです。神経毒により嗅覚が麻痺し臭いに慣れて危険な状態に陥る可能性があります。
硫化水素は、下水道内等で有機物が菌により分解される際に発生します。特に夏場は、この生物学的活動が活発化するため、硫化水素濃度が急激に高まります。
事業者の概要
事故を起こした事業者は、さいたま市浦和区に本社を置く下水道調査会社の三栄管理興業です。昭和49年設立、社員数約100名の会社で、下水道管の点検・調査・維持管理などを行い、自治体から業務を受託し下水道インフラを支える重要な役割を担っていました。
事業者の法令違反事由と罰則の可能性
本件は、労働安全衛生法第21条の事業者の講ずべき措置等や、酸素欠乏症等防止規則に違反している可能性があります。特に、保護具の着用義務違反や作業主任者の指揮不徹底は重大な過失とみなされます。これらの法令違反が認められた場合に事業者や責任者は6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金に処される可能性があります。更に、刑法の過失致死傷罪に問われることも考えられます。
発注者(行田市)の責任の可能性
発注者の行田市も、今回の事故に対する次の責任が問われる可能性があります。
①安全対策に関する情報提供義務:過去の点検履歴や下水道内のガス発生状況など、安全作業のために必要な情報を提供しなかった場合
②請負業者への監督義務:下水道工事のような危険な作業については、発注者が安全衛生に関する指導を行うよう義務付けています。安全管理体制が不十分であることを見過ごしていた可能性が指摘されます。
今後の調査では、発注者が安全配慮義務を十分に果たしていたかどうかが検証されることになるでしょう。
まとめ及び教訓
今回の事故は、下水道作業におけるリスクアセスメントの不徹底と安全管理の形骸化が招いた結果と言えます。
①危険な作業においては、常に最悪の事態を想定し、リスクを過小評価しないこと。
②法律や規則で定められた安全対策は単なる形式ではなく、命を守るための絶対的なルールであると認識すること。
この痛ましい事故を教訓に、同様の災害が二度と繰り返されないよう事業者はもちろん発注者、行政、そして働くすべての人が、安全に対する意識を再確認する必要があります。