11月号 安全配慮義務(その1)

今月と来月の事務所通信では「安全配慮義務」を取り上げます。今月は(その1)として、平成20年に労働契約法第5条として明文化に至った陸上自衛隊事件や川義事件をはじめとする裁判例を中心に紹介しました。

2025年11月(第198号)

労災発生時は当然として、パワハラやいじめにも会社の安全配慮義務が問われるケースが増えています。今回は平成20年3月制定の労働契約法第5条の安全配慮義務が法的に明記されるのに寄与した裁判例を中心に紹介します。

陸上自衛隊事件

昭和46年(1971年)2月に青森県八戸市にある陸上自衛隊八戸車両整備工場内で、被害者は作業中に同僚の運転する後退してきた大型トラックに轢かれて死亡。国は国家公務員災害補償法に基づく補償金として76万を遺族に支払い、それ以上の増額や年金支給はないと説明しました。

遺族は、後になって損害賠償請求の法的可能性を知り、約4年後に青森地裁に「国は使用者として安全配慮義務を怠った」と提訴しました。

地裁では、国の主張する時効の成立を認めました。また仙台高裁は一審と同様に安全配慮義務の法的構成を認めず控訴を棄却しました。最高裁はこれらを覆し、①国は、契約関係に付随して労働者の生命・身体の安全に配慮する義務を負う。② 安全配慮義務違反に基づく請求は民法709条の不法行為ではなく、民法415条の契約上の債務不履行に該当すると判断し、適用される時効は短期消滅時効の2年ではなく、一般の債権時効の10年と判示。更に審理を尽くさせる必要があるとして差し戻しを行いました。(S50.2.24)。

この判決は、民法第1条第2項の「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」を元に、安全配慮が使用者の義務であるとする法理形成に大きな影響を与えました。

川義事件

昭和53年(1978年)8月13日(日)夜に宿直勤務中の新入社員が窃盗目的で侵入してきた元社員に殺害されました。遺族が会社に対して損害賠償請求訴訟を提起し、 一審(大阪地裁)、二審(大阪高裁)ともに、遺族の損害賠償請求を認容しました。最高裁は、① 使用者は労働者が労務を提供する場所・設備・器具等について、生命・身体の安全を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う。② 宿直勤務の場所に盗賊が容易に侵入できないような設備を施すべきだった。③それが困難ならば、宿直員の増員、安全教育の実施など代替措置を講じるべきだった。として下級審判決を維持し会社の上告を棄却しました。

この判決により、物的環境整備だけでなく、教育等の人的対応も安全配慮義務の具現化の中に含まれることが明示されました。

その他の法理形成に寄与した裁判

  1. 電電公社帯広局事件(最高裁S61.3.13)職場でのいじめや嫌がらせにより、精神的苦痛を受けた労働者が損害賠償を請求。
  2. 山口観光事件(広島高裁S63.3.31)長時間労働と過重な業務により、運転手が過労死。遺族が損害賠償を請求。
  3. 大成建設事件(東京地裁H9.3.25)建設現場の安全管理の不備により労働者が死亡。作業環境の整備義務と現場監督者の指導責任が問われた。

まとめ

労働契約法第5条に安全配慮義務が明記されるまでに、上で紹介した多くの判例が積み重ねられてきました。法制定以降、使用者は労働契約に基づき、労働者が生命・身体の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮を行う法的義務を負うことが明確となりました。企業には、実効性ある対応を講じる責任が求められます。

社会保険労務士丸山事務所は、「会社の発展とそこで働く社員の幸福の実現」を全力で応援します。