12月 安全配慮義務(その2)

2025年12月(第199号)

今月の事務所通信では先月に続き「安全配慮義務」その2を取り上げています。平成20年の労働契約法第5条に明記されて以降、数多くの裁判例が争われてきましたが、今回はセクハラ・パワハラ事例、テイー・エム・イー事件、外国人労働者の労災事故を通じて、会社が注意すべき具体的なポイントを紹介しております。制度の整備だけでなく、実効性ある運用が求められることを改めて示す内容となっています。

平成20年の労働契約法第5条に安全配慮義務が明記された以降、多くの事件が争われました。今回は、それらの裁判例を通じて、会社が気を付けなければならない事項について紹介します。

セクハラ・パワハラ事例

この病院では退院した患者に同姓の別の患者の薬を取り違えて渡すという過誤が発生しました。この過誤は日勤担当看護師が薬を準備する段階で取り違えていたものを、夜勤担当看護師であった原告が引き継ぎ,原告及び翌日の日勤担当看護師が確認を怠ったために発生したものです。この過誤で、看護師長は原告のみをナースステーション内の周囲から見える場所で30分以上も叱責しました。原告は精神的に追い詰められ、夜も眠れなくなり、適応障害を発症して退職せざるを得なくなりました。

裁判所は、部下という弱い立場にある原告を過度に威圧し、心理的負担を与えたものであり社会通念上許容される範囲を超えて違法と認定し、病院と看護師長に対し約120万円の支払いを命じました。(福岡地裁小倉支部H27.2.25判決)

テイー・エム・イー事件

原子力発電所に派遣された労働者が自死した事案です。一審では業務起因性が否定され請求棄却となりましたが、二審では体調不良を把握した後の対応が不十分であったとして安全配慮義務違反を認めました。会社は「単に調子はどうか」など抽象的に問うだけで、「通院しているか」「診断名や服薬状況はどうか」といった具体的な確認を行っていませんでした。産業医の関与もありませんでした。

裁判所は、業務起因性が否定されても社員の不調を認識した時点で安全配慮義務が生じると判断しました。これは、会社に対し「兆候を見逃さず、具体的かつ実効性ある対応を取る」ことを強く求めるものです。(東京高裁H27.2.26判決)

外国人労働者の労災事故

外国人研修生として来日約3ヶ月後に自動車部品製造会社にてパイプ加工業務中に右手人差し指を機械に挟まれて負傷した事例です。

裁判所は、①本人は日本語をほとんど理解できず、安全教育が不十分であった、②事故の3日前にこの機械の担当になったばかりで、母国語による説明は一切なかった、③作業手順の説明は10分程度の実演のみで、言語的理解が伴っていなかった、④本機は労働安全衛生規則147条の対象機械で安全装置の設置義務があった、として会社に538万円の損害賠償を命じました。(名古屋地裁H25.2.7判決)

まとめ

これらの判例は、企業の安全配慮義務が「形式的な制度整備」だけではなく「実効性ある運用」を求めていることを示しています。セクハラ・パワハラでは迅速な調査と再発防止、テイー・エム・イー事件では体調不良把握後の具体的対応、外国人労働者の労災では言語・文化に配慮した安全教育が必要です。特に、外国人労働者に対しては日本語の習熟程度により差はありますが、母国語の拠る安全教育がなされていなかったときは致命的になり得ます。

安全配慮義務違反の裁判は「後出しされジャンケン」で戦わざるを得ないところがあります。このことを念頭に予測の可能性であれば、実効性のある対策を講じることが求められます。

社会保険労務士丸山事務所は、「会社の発展とそこで働く社員の幸福の実現」を全力で応援します。