2026年7月(第206号)
今月の事務所通信では、労働基準監督署における歴史的な方針転換である「訴えを原則すべて受理」を取り上げました。これまでは労使間の自主解決を促すクッションがありましたが、今後は会社への事前請求がない場合でも、監督署が窓口で門前払いせず調査に着手することになります。この転換の背景や会社への影響を整理し、従業員が監督署へダイレクトに駆け込まないための最大の防衛策について解説しております。予期せぬ「抜き打ち調査」のリスクに備えるための参考としていただければ幸いです。
今年4月に厚生労働省から「令和8年度 地方労働行政運営方針」が公表されましたが、これに関連して労働基準監督署(監督署)における重大な方針転換が明らかになりました。今回は、その転換点と影響について紹介します。
注目すべき転換点
労働新聞社の報道によると、令和8年度の監督指導方針において、監督署に対して「社員からの法令違反の訴えを原則としてすべて受理する」旨の通達が出されたとのことです。これまでは、社員が賃金や解雇予告手当等の不払いなどを理由に監督署へ駆け込んだ際に窓口では「会社に話し合いや請求をしましたか?」と確認されるのが通例でした。つまり、監督署が動く前に「労使間での自主解決の促し」というクッションがあり、そこで解決する事案も多くありました。
しかし、令和8年度の新方針ではこれが撤廃されました。社員が会社に対して事前の請求や確認を行っていなくても、違反の疑いがあれば監督署は窓口で門前払いせず、「原則すべて受理」して調査等に着手する姿勢へと180度転換しました。
転換の背景
この劇的な転換の背景には、主に次の理由があります。
- ハラスメントや報復への恐怖から「会社に直接言えない」という社員が増えている現状への配慮。
- 近年「退職後」に未払い残業代などをまとめて訴えるケースが激増しており、会社への事前請求を挟むこと自体が手続きの遅延を生んでいたという行政側の実務的な事情。
- 労働基準法第104条は、社員に監督署への訴えの権利を無条件で認めています。行政が「会社への請求」を条件にすること自体が法的にグレーであるとの指摘。
- 「監督署は社員の味方になってくれない」、「監督署は何もしてくれない」とのSNS等への多数の不満の投稿。
これらを受けて、社員救済の最後の砦という法の本来の趣旨に立ち返る必要に迫られたのが今回の転換の理由のようです。
会社への影響
この転換は会社から見れば、社員の勘違いや思い込み、担当者の単純な計算ミスであっても、社内で一言も不満を言われないままに監督署が「抜き打ち調査」やってくるリスクが格段に高まったことを意味します。
監督署が動き始めると、会社は事実の調査や確認のための資料の準備、是正勧告への回答や改善の実施等に膨大な時間と労力を強いられることになります。
まとめ
監督署による「抜き打ち調査」のリスクから会社を守るためには、勤怠管理と給与計算の精度を徹底的に高めておくことが必要です。とは言え、人のすることですからミスを完全には防ぎ切ることはできません。ましてや、社員の勘違いや思い込みを無くすことは不可能です。
大切なのは社員が疑問や不満を抱いたときに、社内に気楽に相談できる環境があることです。これは、「心理的安全性」を高めた職場環境を整備することに他なりません。そして、これが社員をして監督署へダイレクトに駆け込ませない最大の防衛策になりえます。